鬼陣営

尚真王
(しょうしんおう)
沖縄県
(琉球)
琉球国王。
母后の後援と神女である姉妹の信託により王位を継承。
オヤケアカハチの乱を鎮めて宮古、八重山を支配下に収めた。
九鬼嘉隆
(くきよしたか)
三重県
(伊勢・志摩・伊賀)
織田家家臣。志摩田代城、鳥羽城主。
熊野灘の海賊衆の一人で、水軍を率いて伊勢や大坂の一向一揆と戦う。
特に鉄張りの巨船を連ねて毛利水軍を撃破した摂津木津川口の戦いで天下を一驚させた。
豊臣政権下でも活躍したが、関ヶ原の戦いで西軍に属し切腹
大祝鶴姫
(おおほうりつるひめ)
愛媛県(伊予) 伊予大三島の大山衹神社の娘。河野氏一族
社を守る神職である長兄・安舎に代わって大三島の水軍衆を率いた。
次兄・安房の戦士後は十六歳にして陣頭に立ち、大内軍の侵攻をたびたび撃退したという。
愛用の女鎧は社の宝物として後世に伝えられた。
太田資正
(おおた すけまさ)
東京都
(西武蔵・小笠原)
扇谷上杉家家臣。武蔵岩槻城主。
上杉謙信の関東侵攻に協力。
北条家と松山城の争奪戦を繰り広げたが、嫡子氏資の裏切りで武蔵を追われた。
その後佐竹義重に属し、北条家への抗戦を継続。
領内整備や軍用犬の活用など、文武兼備の名将であった。
細川ガラシャ
(ほそかわ がらしゃ)
岐阜県
(美濃・飛騨)
明智光秀の娘。実名玉子。
光秀の盟友・細川藤孝の嫡子忠興の妻となる。
夫から熱愛され、彼女に声を掛けた庭師は即座に手討ちにされたという。本能寺の変後一時離縁されたが復縁。
のちキリスト教に帰依し語学に通じた。「花も花なれ」の秀歌も知られる才女。
上杉謙信
(うえすぎ けんしん)
新潟県
(越後・佐渡)
関東管領上杉家当主。越後守護代長尾家の出身。
「軍神」と称された戦争の天才で、信濃国人の旧領復帰や関東管領の復権など、大義を掲げて武田信玄・北条氏康らと戦った。
一方漢詩と書に堪能で、幼い甥の景勝にかな習字の手本を書き与える優しい一面もあった。
伊東義祐
(いとう よしすけ)
宮崎県
(日向)
伊東家当主。従三位、修理大夫、大膳大夫。
都於郡を拠点として島津家と争い、代々宿縁の地である飫肥城を奪取した。
日向四十八城の盟主となって絶頂期を迎えた。
木崎原の合戦に敗れ日向を追われたが、大友家を頼り耳川の合戦で逆襲。息子・祐兵の代に日向復帰を果たした。
佐竹義重
(さたけ よししげ)
茨城県
(常陸)
常陸・佐竹家18代当主。
父・義昭の悲願だった常陸統一を果たした後、北条家と関東の覇権を巡って争い佐竹家の全盛期を築く。
奥州で勢力を伸ばしてきた伊達家に対しても激しく対立し、再三、合戦に臨み「鬼義重」の異名を取った。
前田豪姫
(まえだ ごうひめ)
石川県
(加賀・能登)
前田利家とまつの四女。父母ともに親しかった羽柴秀吉夫婦の養女となり、宇喜多秀家と結婚。
だが貴公子と令嬢夫婦は散財やキリスト教を好み、宇喜多騒動の原因となった。
関ヶ原後離縁したが、八丈島に配流された夫と息子に米などの仕送りを生涯続けた。







  • 最終更新:2012-06-22 21:06:54

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード